伊豆あれこれ 露天付きペンション サニーステップ ブログ


伊豆 白浜 露天付きペンション ウェルカム・イン サニーステップのblog +その親父のブログ
by sunnystep
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
カテゴリ
以前の記事
サニーステップのページへ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

カテゴリ:親父のBlog( 47 )


老人の戯言 2012.07.29

34,5歳頃、鼻の下にヒゲを生やしたことがあった。

ちょうどその頃、石鯛釣りを始めていたのだが、
何の当たりもなくたまに釣れるのはウツボのみ。
穂先をじっと見ているのだが、石鯛とウツボとでは
穂先の動きが全く違う。

石鯛は三段引きといって、一回目はチョンチョンと動き、
次に20センチぐらいグーッ、グーッと引き、最後に
ドーンと竿全体を曲げる。
ウツボはこの動きがなく、いきなりである。

家に帰ってきてどうして釣れないのか反省するのだが、
ある時フッと思った。
「猫は魚が好物だ。それなら猫の真似をしよう」と。
そして鼻の下にヒゲを生やし出したのだが、6~7ミリまで。

お茶、コーヒーでもヒゲを拭くし、ビールなどはしょっちゅう拭く。
面倒だからその内5ミリ以下にし、唇のすぐ上はカミソリを使い、
出来るだけ細くした。それでもビールがくっつくし、おまけに魚は
釣れない。半年位でヒゲは止めてしまった。

昔の軍人大将などは太いヒゲを生やし、おまけにポマードか
何かでひねり上げた写真を見る。私にはとても理解できないが、
現在でも歳をとると鼻の下は勿論、あご、もみあげまでのばして
いる人を見かけるが、目をそらしてしまう。
無精ヒゲは仕方ないがそれでも1ミリ(3日分)。
[PR]

by sunnystep | 2012-07-29 11:07 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.07.13

海岸には「離岸流」というものがある。

潮の流れが直接浜に流れ込み、それが渦を
巻いて今度は海に向かって流れ出すそうだ。
この流れに巻き込まれると、100メートル以上
沖に流され、その中から抜け出すのは容易では
ない。流れに任せて沖から買ってくるしかない。
白浜大浜では時たまそれが起こるので、
救助隊が注意深く見張っている。

白浜小学校では原則として大浜での遊泳禁止。
中央海岸を使うよう指導していたと思う。

白浜から沖合い40キロメートルにある伊豆大島を
始め伊豆6島が見える(八丈島のみ遠すぎて無理)。
ただし空気の澄んでいるときであるが、冬の乾燥期は
伊豆大島の民家のライトまでが横並びに見える。

伊豆半島は夏は東風、冬は西風が強い。
東京湾から出てきた国内運搬船は伊豆半島を
廻って大阪方面に向かうのだが、西風の時は
向かい風となるため、白浜沖に錨を下ろす。
あまりの数の多さに数えたことがあり70隻あった。
それを地元民に話したら、
「俺のときは100あったよ」

それが今では15~20である。
渡航する舟の総数が減ったのか、舟が大型化して
エンジン力が増したのか、それとも西風の強い日が
減ったのか。

東風によって砂が吹き上げられ、西風によってまた
砂が元に戻される自然の力。
このバランスが海岸には大切なこと。
西風が減ったとは考えたくない。
[PR]

by sunnystep | 2012-07-13 17:25 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.07.12

白浜中央海岸は砂浜の奥行きはそれほどないが、
長さは約1キロあり、そこに2ヶ所の海難救助隊が
3メートルの高さから見守っている。
海に向かって右側の一つは下田プリンスホテルの前、
左側が私どものところで、そこまで歩いて3~4分。

中央海岸ではここが主たる海水浴場であるが、
三方が石、岩に囲まれていて泳ぐのに安全。
海に向かって右側にカブ根(別称神舟、白浜神社の
神が舟に乗ってこの岩に辿り着いたと伝説のある
自然岩)が100メートルほど突き出し、左側は石を
積んで造った堤防。海面から高さ2~3メートルあり、
沖合いにも防波の役を課す岩を積んで造った防波堤
があり、海岸から120~130メートルの沖合いに位置
している。
要するに間口約150メートル、沖に120~130メートル、
沖の石積みは短くなっていてそこから潮が流れ込んでくる。

80過ぎの老人から聞いたのだが、これはこの地区の
漁港だったそうだ。海が荒れてくると沖合いの堤のわき、
潮の流れ込んでくるところを通って帰ってきていたそうだ。
しかし、潮の勢いが強くなっているので時々舟が転覆した
そうだ。
心配して見ていて、漁師が無事なのがわかると心の中で
アハハと笑ったそうだ。子供のころの思い出として話してくれた。

この堤はたぶん昭和10年代に造られたものと思うが、
昭和32年に富士、箱根国立公園に伊豆半島が加わり、
「富士、箱根、伊豆」となり、同時に国道建設が活発となって
中央海岸の港が撤去され海水浴場となったのだろう。(続く)
[PR]

by sunnystep | 2012-07-12 11:03 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.07.10

日経新聞の土曜版にプラス1という特集記事がある。
何でもランキングである。
2004年8月7日(土)のプラス1は
【砂浜のきれいな海水浴場】と題して
海洋学者、写真家、旅行業者等8人の人たちに
持点を与え、「日本の水浴場88選」から選んで
もらった記事である。
「日本の水浴場88選」とは環境省が2001年に
選定したもので、いわば国のお墨付きみたいなもの。

1位は320点で高浜、2位が僅差の310点で白浜中央、
3位が270点で沖縄、以下鹿児島の西之表と続くが、
1位と2位が3位以下を大きく引き離している。

高浜とは長崎五島列島の福江島にあり、
そうなると白浜中央は本土では断トツの1位である。

記事は「関東周縁で屈指の美しさを誇る」「伊豆半島の
南端にある白浜海岸の最も北側に位置するビーチで、
南側に位置する白浜大浜海水浴場と比べると、波の
穏やかなのが特徴。磯遊びも楽しめるため家族連れに
人気が高い」とある。

記事にはないが、ところどころ岩場が点在して頭を出し、
岩場の根には改装が密生して海の色が異なる。
改装はさらには水を浄化させ、そこに魚、貝類が住み着き、
海の青さの濃淡が実に素晴らしい。 (続く)
[PR]

by sunnystep | 2012-07-11 17:53 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.07.09

おばあちゃん2,3人グループが
我が家の横を散歩で通りかかる。

時々私は声をかける。
「海を見ながら散歩できるなんて
ここはよいとこだね。」
すると殆どの人が
「そうかね」
と云ってきょとんとする。
昔から見慣れている風景なので
そのよさに気が付いていない。
まして都会に住んだこともないだろう
からでもある。

余り近所の付き合いはないから
よくは分からないけど、老人の交通事故が
多いように思う。
知り合いの青年にそれを云うと
「そうなんですよ。みんな自分の庭みたいに
思っているから。」
歩行者も車もである。

昔からある家々を巡って細い道が
入り組んでおり、見通しも悪い。
そんな道をキープレフトどころか
ど真ん中を走っている。
幸いスピードは出ていないので
大きな事故にはなっていないが、
歩行者が国道を渡るときでさえ
左右の確認を良くしないらしい。

75歳を過ぎた老人が
「矢張り俺も高齢者マークをつける
ことにしたよ」
詳しく歳を聞くと77~8歳だったりする。
マークをつけた車が実に多い。

私もそのころ一体どうするだろうか。
[PR]

by sunnystep | 2012-07-09 08:50 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.07.05

私が勝手に名づけているのが「観光客単価」。
その典型がガソリン代である。半島に入った
途端に高値である。

遠出することが時々あるが、必ず満タンに
してから行くので、有名観光地では入れない。
厚木から相模原へ抜ける国道129号線を使う
こともあるが、その安さにビックリしてしまう。

私が買うスタンドは半島内ではトップクラスの
安さである。セルフ化して10年だそうだが、
地元民を対象としたプリペイド方式で2万円
以上がガソリン単価は一番安い。

転換した当初「三島の価格と比べてネ」の
看板を掲げていた。河津町にあり、そこへ
着くまで4~5店のスタンド前を経由するの
だが、知り合ってから20年は経つだろうから
そこへ行くのは当たり前である。

観光客単価はガソリンに限らず全てに言える。
飲食は勿論のこと、日常生活に必要な諸々の
料金も高いと言えるのではないだろうか。
昔の栄えていた下田のありようを今も引きずって
いるように私には思える。
[PR]

by sunnystep | 2012-07-06 12:05 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.07.04

自然水の続き。
なぜ往復3時間もかけて水を買いに
行くのかといえば、まあ私の趣味という
ことになってしまう。
私の舌は鈍感だから市の水道水と比べて
どうかと問われればなんとも言えない。

趣味ということだけにしておけば
格好良いのだが、本音は市の浄水数値は
ともかくとして、市当局を信用しておらず、
水道料金のほんの一分だけど飲料水代金
だけは払いたくないということに行き着く。

市民の水は中心部を流れる稲生沢(いのうざわ)
川とその支流の梓川を合わせ、合流地点より
少し下ったところに浄水場がある。
しかしその上(かみ)には市に対して発言力の
ある大きなホテルと、更に上流域にも発展し
続けている大きな温泉旅館域がある。
両方共に市、県の行政指導通りの浄化水槽を
持っているだろうが、絶対に信じられぬことを
市当局がやってしまったことを私は実見したと
思っている。

もう20年前になるが、稲生沢側の一番上流の
源水域に砂防ダムをつくり、その周りの原木を
すべて切り払い、そこへ土を捨てたのだった。
立入禁止だったが興味のあった私はちょこっと
立ち入った。そのとき言った作業員の言葉は
「この土は海底のものだが、真水で洗って一年間
干したものだってさ」だった。
どこで干したのかは言わなかったが、そんな土の
山々など私はどこにも見なかった。
たぶん外防破堤を作る際に掘った海底の土を
水源域に捨てたと私は思っている。
[PR]

by sunnystep | 2012-07-04 18:55 | 親父のBlog

老人の戯言2012.06.30

大沢里の水汲みの私がこだわる馬鹿さ加減
について思わず書いてしまったが、もう一つ
是非触れておきたいことがある。
それは観光に関することである。
半島内住民でも殆ど知らない所であるが、
是非紹介したい。

大沢里採水場へ北上する約500メートル
手前にV字型に右折する。注意して見て
いると丹野平(たんのだいら)の標識が
手造りで建っている。
林道並みの狭さであるし、かなり急な坂道を
登るから要注意。

約20分走ると突然頂上に辿り着くが、
元来ススキの原であったようだし、所々にある
太い原木も地元の方々によって見晴らしよく
されている。

右側に100メートル級の西天城山脈が繋がり、
左側は山越しに海、天気次第では正面の山の
間から富士山まで見えるらしい(標識による)。
何よりびっくりするのは山脈で、それも声を
掛けたくなるような距離で、実際に「おーい」と
呼ぶとこだまが返ってくる。
家内にも、別の日には老知人にも叫ばせた。

私がここを知ったのは10年位前で、その頃は
「やまびこの里」と称していた。
それに引かれて行ったのだが、何故「丹野平」
に替えてしまったのだろうか。
隠れた名観光地として是非お薦めしたいものだ。
そしてどうぞお連れ合いの方のお名前を叫んで
下さい。

大沢里の水汲みのことは、実をいうとこのことを
お知らせしたかったのでした。
[PR]

by sunnystep | 2012-06-30 13:06 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.06.29

3回目、津波対策(市民、観光客の避難策急務)。

1854年の安政東海地震の津波に
旧市街地が襲われ、その高さ数メー
トルによって民家の流出、使者も多数
出たとの文章から始まる。そんな経験
を持つ市民にとって、内閣府発表の
最大津波高が25,3メートルとの予測は
正に衝撃的だったとある。

かねてから老朽化し耐震性に問題あり
とされ、建て直しの計画のあった役所
庁舎が財政難で現在まで未着手で
きていたが、この発表を機に高台へ
移転し、新築の計画が再燃してきた。

しかし一方で市民からは「庁舎移転
の災害時の指揮体制より、住民の
防災対策に目を向けて欲しい」と望む
声が上がり、「具体的には海岸近くの
市中心部に避難タワー建設、複数の
避難路の整備などを要望している。
観光客の減少を防ぐためにも被災時に
居合わせた観光客の避難対策をする
必要がある」との要望がある。

一般市民は年に数えるほどしか庁舎に
行かない。主に印鑑証明か住民票の
請求の為だけである。
また市内には何ヶ所か20~30メートル
の高さの市営建物がある。前々市長が
バンバン造ったもの。
そこへ各課分散して移転することが
財政健全化迄は止むを得ないことで
あろう。

温水プールを造った20数年前、私は
回数券を買って通ったものだ。
せいぜい10数人しか居らず私は職員に
「利用者が少ないですね」と声をかけたら
「市民が使わないから悪いのです。市民
文化会館も市民がもっと使わなければ」
との応えが返ってきて唖然とした記憶がある。
[PR]

by sunnystep | 2012-06-29 08:49 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.06.28

2回目はジリ貧(高齢化、廃業、戻らぬ若者)
であるが、ある老舗そば店が半世紀続いた
後閉店に至り、そのおかみさん(84歳)の
言葉の「年には勝てなかった」に始まり、
「シャッター通りが増え、跡地が駐車場に
変わっている」と続く。

商議所によると、「市街地には691店あるが、
うち104店が空き店舗になっている。<中略>
業種は製造、飲食、美容、薬局などさまざま。
<中略>店主の高齢化の影響も大きい。」

「若者の流出も深刻」では東京の大学に進学
した娘が帰ってこず、あきらめ顔と書かれている。
「こうした著しい商店、人口の減少は税収に反映し、
2000年度に35億円あった市民税収は2011年
度には約30億円に。今後は高齢者の増加に伴う
扶助費の支出増加も見込まれ、さらに苦しい財政
運営を迫られる。」

「石井市長の任期中には南伊豆地区の合併運動
が何度か高まった。<中略>下田市がリーダー
シップを発揮できなかった」で締め括られている。

全国的に皆そうなのだから下田も仕方がないと
いう考え方には私は反対する。
何故なら、私の子孫の古里になる訳だし、加えて
天皇家の別荘地でもある位、風光明媚な所でもある。
他と同様ではないと思っている。
「ジリ貧」対策についてはこれから多く触れるだろう。
[PR]

by sunnystep | 2012-06-28 11:16 | 親父のBlog