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伊豆 白浜 露天付きペンション ウェルカム・イン サニーステップのblog +その親父のブログ
by sunnystep
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<   2009年 02月 ( 4 )   > この月の画像一覧


盛和塾機関誌感想文を転載します

河津桜も見ごろを迎えています。
伊豆 サニーステップより車で15分が夜のライトアップされる会場まで着きます。
とても暖かな日中ですが、夜は冷え込んでいます。
夜桜も楽しまれるのなら、防寒対策は欠かさずに。

それでは今週も、経営者塾である盛和塾が発行している機関誌を読んでの感想文を転載致します。
公開することで自らの経営を反省し、箍をはめるのが目的です。
そして少しでも伊豆 サニーステップの経営方針を知ってもらうことも意味があるものと思います。

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第28号
塾長理念:決してあきらめない―誰よりも努力する
塾長講話:科学技術を世のため人のために生かす

決してあきらめない―誰よりも努力する
「偉大な業績というのは、つまらなく思えるような毎日の仕事の積み重ねにほかならないということを忘れてはいけません。成功に至る近道はないのです」

科学技術を世のため人のために生かす
□科学技術の功罪について
□科学技術という「神業」を手に入れた我々人類が改めて考えなければならないこと
「『神業』を手に入れた今日、我々は『心』、や『考え方』、もしくは『哲学』、さらに言うならば『人生観』というものを大切にしなければならないと私は強く思います」
□人は、「考え方」次第で人生の結果が大きく変わってくる
「人生というものは決して『能力』と『熱意』だけで計ることはできないのです。人生を長いスパンで見れば、『考え方』というものがたいへん大事になってくるのです」
「もし『神業』を駆使する科学者が、誤った考え方をとるならば、人類の破滅につながる事態を招きかねないのではないかと、たいへん危惧しています」
□人間の生きる道を研究する学問を模索する
「中国の孔孟の思想では、こういう考え方で人は生きるべきだと説いていますが、西洋哲学では、人間の本質について考えるという行為をただひたすらに行ってきたに過ぎないのです」
□「考え方」のキーワードは、『世のため人のため』ということ
「『考え方』は人生や仕事の成果をマイナスにしてしまうかもしれないという程、重要なファクターでありながら、個人の自由だということが最優先され、それを強制するごときはファッショ扱いをされてきたのです」
「どんな哲学、思想を持とうとも、『世のため、人のために尽くす』という考え方だけは、人類共通の基盤として絶対に持たなくてはならないのです」 
□世のため人のために尽くすことは、宇宙本来の意志に適うことである
「宇宙には、全てのものを進化発展させる法則があると表現できるのではないかと思います。言葉を換えますと、宇宙には、一瞬たりとも停止することなく、全ての生きとし生けるものを生成発展する方向へ導いていく意志があると考えることができるのではないかと思います」
「人間の考え方は自由であろうけれども、その根底には我々を作った宇宙が本来持っているのと同じような『愛』にあふれた、つまり『世のため、人のため』という考え方を持たなければならないと思います」
□なぜ、私は通信事業に参入し成功させることができたのか
□「世のため、人のために尽くしたい」その一心で私は通信事業に参入した
□逆風の中、スタートした第二電電。NTT・真藤社長の一言に活路を拓く
□社員全員の力を結集したからこそ現在の第二電電がある
「本来ならば、インフラも技術もない第二電電が真っ先に脱落していても不思議ではないのですが、『動機善なりや、私心なかりしか』と常に自らの姿勢をただし、『世のため、人のため』というただ一点に全員の力を結集することで、素晴らしい成果を生み出すことができたわけです」
□世のため、人のために尽くすことこそ人生で最も価値のあること
「死を迎えるにあたって我々が身につけるべき勲章は、研究上の業績でも、ましてや財産や名誉でもありません。たった一度しかない現世で、どれほど善きことをなしたかということで与えられる、魂の勲章以外にないのです」
□科学技術に携わる者は、自らの「心」や「考え方」、「人生観」について厳しく問い続けてゆかねばならない

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 前号で私は、考え方を共有するにあたっての考察を試みました。4項目にまとめられると捉え、1つ目は正しい考え方を伝えていくこと、2つ目はその考え方が借り物であったにしても心からそう思い、熱意と情熱を持って伝えていくこと、3つ目は繰り返し伝えていくこと、4つ目は結果を出して説得力を高めること、としました。考え方を共有しようと呼びかけても抵抗されやすいですが、塾長講話にあるように「世のため、人のために尽くす」という考え方であれば、誰からも支持される正しい考え方であり、すんなりと受け入れられやすいと思いました。もっと気軽に「世のため人のために働いていこう」と伝えていきたいと思えるようになりました。
 幸福の相(すがた)と題した寺本氏による、「九十九頭の牛を持つ男と一頭しか持たない男」のインド民話には大きな感銘を受けました。百頭の牛を得る目標を立てた男が、九十九頭の牛を持つ身分になります。あと一頭を増やすために、一頭しか牛を持たない友人の牛を騙しとろうと、事業に失敗したように芝居をするのです。その友人は自分の妻と子供たちのことを考えて躊躇うのですが、その友人の奥さんが「牛なんかいなくたってその分をみんなで働けば何とかなります。小さいけれども耕す土地もあるし、何よりかわいい子供たちがいるのだから、大切なお友達を助けてあげなさい」と言って、その友人は「是非この牛を役に立ててほしい」と牛を男にあげてしまします。お話はここで終わって、話し手は聞き手に「どっちが幸せだと思うか」と問うという内容です。経営者として事業目的や目標を掲げていますが、それを達成するのは、自分も含めたみんなが幸せになるためだからという大前提を忘れてはならないと改めて強く感じました。
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by sunnystep | 2009-02-22 21:22 | サニーステップBlog

盛和塾機関誌感想文を転載します

今年は例年より暖かい日が続いており、河津桜の開花状況もはやくなっております。
南伊豆町で行われている桜まつりは今が見ごろとなっております。
伊豆 サニーステップより車で30分ほどです。
お泊りの際にはこちらまで足をのばしてみてはいかがでしょうか?

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第27号
塾長理念:決して希望を失わない
塾長講話:松下幸之助さんに学んだ経営と、経営者としての在り方

決して希望を失わない
「私たちは決して苦痛や悩みから解放されることはありません。しかし最悪の時でさえも、明るさを失わず、明日に希望を持つように努力することはできるのです」

松下幸之助さんに学んだ経営と、経営者としての在り方
□京セラの最初の顧客は松下電子工業さん
□判断の基準とは何か
「すべての局面で良い判断をし、それらをインテグレーション(集積)したものが成功であって、決断の場面で何回かは良い判断をしたけれども、何回かは悪い判断をしたということがあると、おそらく人生でも経営でも、うまくいかないだろうと思いました」
「人間として何がして良いことなのか・何がして悪いことなのかという全くプリミティブなこと、それを基準にするしか方法はないということに気がついて、私自身それを判断の基準にしようと思ったのです」
□『京セラフィロソフィ』はどのようにして生まれたか
□「考え方」の大切さを従業員に説く
「『考え方というのは、皆さんが思うように確かに自由です。<中略>確かにそうかもしれませんが、はじめから、“こういう良い考え方をすれば良い結果が生まれる”ということが分かっているのであれば、何もそれと違う考え方などしないで、良い考え方を学ぶべきじゃないでしょうか』」
□自然の理法とは何か
□幸之助さんや天風先生に学んだ「思念は必ず実現する」ということ
□企業の使命とは何か
「私なりに、この水道哲学の中で幸之助さんは『企業というものは世のため、人のために役立つことが使命なんだ。それが企業の存在する意義なんだ』とおっしゃっているのだろうと理解しました」
□人の一生のなんとはかなきことよ
□今こそ必要な自分の心を高めること

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 塾長講話には京セラフィロソフィを会社に浸透させる様子が詳しく説かれていて、ご苦労されてきた様子がよくわかりました。塾長も京セラフィロソフィを社員のみんなに力説し、一生懸命に説得されながら、考え方を共有されていったのだと、より深く理解することができました。私も少しずつではありますが、盛和塾で学んだ考え方を職場に伝えようと努めています。けれども先ず経営者自身がその考え方に沿って仕事ができていないため迫力に欠けていると感じています。塾生の体験談にも、二週間不眠不休で誰にも負けない努力を実践していったなかで、いつの間にか社員も真剣になってくれたとありました。さすがにへたばった晩に幹部社員を誘ってチャンポン屋に行き、その2週間の感想を聞いてみると、口々に「これで、社長の前では忙しいなどと言えなくなってしまいました」と話してくれました、と体験談にはありました。本当に感動しました。私も「経営者が頑張っているから、私たちもついていけるのです」と社員に言われるように、誰にも負けない努力をしていきたいと思いました。
 また、考え方は自由でしょう、という意識が職場にも、まだ私自身にもあり、それが考え方の共有を邪魔しているとも感じています。私は盛和塾での学びから、考え方を共有するにあたって4つのことを教えられていると捉えています。1つ目は、今はまだ借り物の考え方でも良いから伝えていくこと、2つ目は例え借り物であっても心からそう思い、熱意と情熱を持って伝えていくこと、3つ目は何度でも繰り返し伝えていくこと、そして4つ目は結果を出して説得力を高めることです。特に、どんなに立派なことをいっても売上が伸び利益が上がり、給与アップとして結果を示さなければ空理空論になってしまいます。厳しくも的を射たものとして理解しています。そして考え方を共有するにあたって、この4つことができてきたときに、考え方を強要されるといった障害が消えていくのだと思います。まだまだ自分自身の血肉化もおぼつかないのではありますが、考え方を共有化することこそが経営者の仕事であるとの自覚を、もっとしっかりと持っていきたいです。実践の中から必ず気づきがあるのだと信じ、いつかは借り物ではなく自分の考え方として伝えていかれるように、仕事をすることで自分を磨いていきたいです。
 塾生の体験談には塾長の言葉として「自分を守るな、自分を捨てよ」とあり、ハッとさせられました。私は事業目的に掲げた通り、スタッフのためにと思って売上を伸ばそうとしているつもりでしたが、本当は掲げた目標を達成したいという自分のためだったのではないかと、気づかされました。有言実行する経営者になりたいという、自分を守るために業績を伸ばそうとしているのではないかと、言われたように感じました。塾生が言われているように「自分を守るなよ。お客様とスタッフだけを満足させなさい。お客様とスタッフが満足してくれていれば経営者は大丈夫だから」と、もっと私自身に言い聞かせていかなければならないと痛感しました。塾長は「自分を捨てたら楽だろ」と言われたとあります。私心なくお客様とスタッフのために働く経営者になれるよう、そして私も霧が晴れるように塾長の言葉が理解できるようにこれからは精進していきたいです。
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by sunnystep | 2009-02-15 17:31 | サニーステップBlog

盛和塾機関誌感想文を転載します。

河津桜まつりが開催中です!
河津桜の開花は例年より早く、すでに木によっては満開の桜木もあります。
どうぞ一足早い春を感じにお越し下さいませ。
当施設より河津桜並木道まで車で15分です!

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第26号
塾長理念:企業という名のドラマ
特別講演:「働く意義」と「利を求むるに道あり」

企業という名のドラマ
「会社というものは、社員一人一人の情熱の反映です。役割は異なっていても、それぞれの俳優は、当然ながらプロとして役割を演ずるのです。」

「働く意義」と「利を求むるに道あり」
1働く意義を明確にしよう
□物質的な豊かさと精神的な豊かさ、心の安らぎ
□本当の心の安らぎとは何か
□働くことは、真の人間修養の場
「古くから、私たち人間は働くことに対して、自分の仕事を天職と思い、私が皆さんにいつも言っているように、仕事が好きになり、精魂込めて一生懸命打ち込んできたはずです」
「自分の会社の経営に必死に打ち込む、その状態というのは、実は雑念妄念を振り払って、純粋な統一された意識へと近づくことにもなっているのだということに、私は思い至ったのです。」
□労働に対する価値観の違いが教育の荒廃をもたらす
「労働というものは、決して報酬を得ることだけを目的にしたものではなくて、我々が真剣に一生懸命に働けば、労働というものは報酬と同時に心の豊かさ、心の安らぎを得ることにもなるのだということを、私は改めて問い直し、それを再構築すべき時が今ではないかと思います」
□昔の日本人が持っていた働くことへの誇り
□経営という場を通して菩薩道を実践する
□働くことの意義を従業員にしっかりと説こう
2利を求むるに道あり
□いまなお根深い事業家 蔑視の風潮
□石田梅岩と松下幸之助さんが説いた「利」の正当性とは何か
「またごく最近では、私がもっとも尊敬する松下電気産業の故・松下幸之助さんは、<中略>『よい品物を安く製造し、それを安く大衆に供給する結果として与えられる報酬が利益なんだ』とおっしゃっています」
□適正な利潤とは何か
「それは一種の競争ですから、相手がこの価格で売っているとなると、その競争相手はその下の値段で売りますから、当然、最後は原価近くまで行き着いてしまいます。つまり、正しい競争が行われる状態だと、どんなに悪い商人がいて暴利をむさぼろうと思っても、むさぼれなくなるのです」
□事業家として正々堂々と利益を求めよう
□独占主義を排除するアメリカの社会正義

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 盛和塾に入塾するまでは働く意義とは、生活のためにお金を稼ぐことであると考えていました。けれども塾長講話にあるように、本来の労働の意義は、決して物質的な豊かさのみを得るためだけのものではなく、同時に精神的な豊かさ、心の安らぎをも得るものであると盛和塾で学んでいます。入塾後は徐々にではありますが、働くことの意義を感じられるようになっています。働くことが意義深いものになっていくことで、仕事に精魂込めて打ち込んでいくことができるのだと思います。逆に一生懸命に仕事に打ち込めていないのは、まだ働くことの意義が、潜在意識に透徹するほどまでに至っていないのだと捉えることができます。ますます学びを深めていく必要を感じています。
 塾長は仏教の六波羅蜜の教え(布施・忍辱・持戒・精進・禅定・知恵)と仕事をすることとを比較しながら、働くこととは精神修養と同じことであると説明されています。その中で、日々の仕事に追われて仕事を一生懸命に取り組んでいることは、実は純粋な統一された意識へと近づくことにもなっている、禅定(心を静寂に保つこと)に通じるとされています。私もスポーツなどで同じく一心不乱に打ち込んでいるときは、ある瞬間だけではありますが、雑念・妄念のない、心が空っぽの状態を感じることがあります。塾長の言われる心静かな安らぎのある状態にも通じるのではと感じました。特に、息が上がりながらも瞬時に体を動かし続ける時ほど頭が冴え、一瞬一瞬がゆっくりと流れているように感じられることがあります。つまり肉体は忙しいのに心が落ち着いた状態です。この状態と同じことが仕事に打ち込んだ時にも起きると教えられています。頭も体も使って、時間と闘いながら仕事をしている時ほど、心を統一し静寂に保つことができる状態なのだと捉えて、一瞬一瞬真剣に仕事に向かっていきたいと思いました。
また世のため人のためになるように正しく働くことで心が純化されるのであると、繰り返し学んでいます。ですから同じ打ち込むにしても、趣味などよりも仕事に打ち込むほうが精神的な豊かさを得られるのだとも考えられます。働くことで心を鍛え、精神的な豊かさをも求めていかれる道理を深く理解することができました。
 さらに塾長は、働く意義を社員に伝えていくことによって、社員の人生もさらに充実したものになっていくはずだと説かれています。若輩者の私が話すのは勇気が要りますが、塾長は24,5歳から人生について熱く語ったということを思い返して、少しずつでも伝えていきたいと思います。そして素晴らしい人間性を備えるために、先ずは自分自身が手本となるようにしっかりと仕事に打ち込んで参りたいです。
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by sunnystep | 2009-02-08 20:39 | サニーステップBlog

盛和塾の機関誌感想文を転載します

今週も日曜日ですので経営者塾である盛和塾が発行している機関誌を読んでの感想文を転載します。

河津桜も咲きはじめ、寒さの中にも春を感じられるようになってきました。
少しずつ河津桜の開花情報もお伝えしていきたいと思います!

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第25号

特別講演:退路を断って経営に打ち込む姿勢を学ぶ

□師・稲盛和夫との出会い
□京セラフィロソフィの原点
「思い返してみると、稲盛はよく工場の一部を仕切った事務所に我々を集めました。私たちは机のまわりに折り畳み式のパイプ椅子を持って集まり、当時まだ二十四、五歳だった稲盛から人生の話や仕事の話、働くことの意義などを、二、三時間は聞かされました」
「『思いというのはエネルギーだ。自分はいまこうやってしゃべっているが、そのぶんエネルギーが転移している。聞いている君たちの顔が赤くなっていくのは、自分のエネルギーが君たちに転移しているからだ』」
□価値観の共有のための教育
「技術力や資金力をいう前に、ベースに理念があるかどうか、あるいは従業員にそういう意識があるがどうかが企業にとっては問題なのです」
□フィロソフィの体現化、肉体化
「不良品や機械の泣く声を、自分の痛みとして感じるようでなければフィロソフィを体現化、肉体化したとはいえない、というわけです」
「つまるところ、社員にどの程度の問題意識があるかということです。絶えず工夫するという意識がなかったら、これからは生き残れないと思いますし、問題意識があるからこそ見える世界もあるわけです」
「企業というものはそれぞれの部門が責任を持ってものごとの解決に取り組まなければ、業績は改善されません。景気が悪いからとか、何々がいけないから、といった弁解をするようでは駄目なのです」
「そういう逃げ場のない世界を、リーダーが心の中に持つべきではないかと思います。それは精神的にたいへん苦しい作業ですが、自分自身を断崖絶壁に追い込み、課題をクリアすることで自分自身も成長しながら、ひとつの進化が生まれると考えるのです」
「稲盛は、私が社長を務めるようになってからも常に『会社の業績というのは、経営者の器量によって決まるものだ』と、いつも申しておりました。そのたびに私は、“器”とはなんぞや、“量”とはなんだと考えてきました。そして思い至ったのは、稲盛がいつも皆様に申しております、『経営は経営者の意思によって決まる』ということでした。つまり経営を左右するのは、やはり理念であり、その理念を形成するのは。人間として正しいことを追求する考え方であったように思います」
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 今号は塾長講話の代わりに、当時の京セラ社長である伊藤氏の特別講演が掲載されていました。稲盛経営哲学を直接に受けられた社員が社長になり、稲盛社長の分身として経営されていることに大きな感動を覚えました。私はまだ京セラフィロソフィを自分自身に血肉化させていこうと懸命になっていますが、いかに職場に浸透させていくかが本当の課題であり、京セラフィロソフィを浸透させた実証として伊藤氏がいらっしゃるのだと思いました。「具体的な目標を立てる」と経営の原点12カ条にはありますが、伊藤氏の存在はフィロソフィの共有化の具体的な目標であると、塾長から教えられているような気持ちになりました。
 また京セラフィロソフィが町工場の片隅から出来上がってきた経緯を改めて伺い、少しずつでも当事業所なりの考え方を職場に伝えていこうという思いを強くしました。先日開かれた盛和塾静岡の月例会にて福井顧問は、経営者の考え方が伝わらないのは経営者の伝え方が悪いからである、と話されていました。私はフィロソフィの伝え方の留意点が3つあると捉えました。1つ目は難しいことを話すのではなく、日常の出来事を題材にフィロソフィを当てはめたらどうなるのかと具体的に話すことです。2つ目は何度でも繰り返し話すことです。福井顧問は「何度言ったらわかるのだ」という言葉は禁句であると教えられていました。そして3つ目は上手く話そうとするのではなく情熱をもって話すことです。まだ私には当事業所のフィロソフィと呼べるものはとても構築できてはいません。けれども伊藤氏は「強い会社とは何か―。それは、全社員が“価値観”を共有できる会社ではなかろうかと思います」と述べられていました。これからは3つの留意点をもとに私の価値観に照らし合わせて仕事のことを話していきたいと思います。尊敬されるまで高められた価値観ではないですが、盛和塾で学びながら「人間として正しいことを追求する」ことを心から話していきたいです。
 7名の塾生の経営体験発表からは経営者としてのエネルギーを強烈に感じました。私は、伊藤氏の言われるように退路を断って経営に打ち込んでいるかと自問すると、現実の姿勢とのギャップに焦りすら覚えてしまいます。福井顧問も、どんなにフィロソフィを説いても業績が伸びなければ社員は信じないと話され、やはり共有化の厳しさを痛烈に感じてしまいます。けれども感性的な悩みをせずに、まず現実は現実として受け止めるエネルギーが必要なのだと思いました。そして塾生の皆さんは謙虚でいながらもしっかりとした自信を持っていられるのだと気が付きました。私も私にしかできない使命があるのだと信じて仕事に打ち込んでいきたいです。塾長は「言葉には魂がある」と言われていたとあります。自分自身が私の明るい未来を信じるためにも、ますます沢山の言葉を社員や塾生の皆さんと交わして、魂・エネルギーを生み出したり受け取ったりしていきたいです。
 紹介されていた稲盛経営者賞の非製造業第三グループ(売上高十億円未満)には、盛和塾静岡の梶村氏が第一位として表彰されていました。とても嬉しく拝見したとともに、夢は大きく私も受賞できるような経営を目指していきたいと思えました。
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by sunnystep | 2009-02-01 23:03 | サニーステップBlog