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伊豆 白浜 露天付きペンション ウェルカム・イン サニーステップのblog +その親父のブログ
by sunnystep
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老人の戯言2012.06.30

大沢里の水汲みの私がこだわる馬鹿さ加減
について思わず書いてしまったが、もう一つ
是非触れておきたいことがある。
それは観光に関することである。
半島内住民でも殆ど知らない所であるが、
是非紹介したい。

大沢里採水場へ北上する約500メートル
手前にV字型に右折する。注意して見て
いると丹野平(たんのだいら)の標識が
手造りで建っている。
林道並みの狭さであるし、かなり急な坂道を
登るから要注意。

約20分走ると突然頂上に辿り着くが、
元来ススキの原であったようだし、所々にある
太い原木も地元の方々によって見晴らしよく
されている。

右側に100メートル級の西天城山脈が繋がり、
左側は山越しに海、天気次第では正面の山の
間から富士山まで見えるらしい(標識による)。
何よりびっくりするのは山脈で、それも声を
掛けたくなるような距離で、実際に「おーい」と
呼ぶとこだまが返ってくる。
家内にも、別の日には老知人にも叫ばせた。

私がここを知ったのは10年位前で、その頃は
「やまびこの里」と称していた。
それに引かれて行ったのだが、何故「丹野平」
に替えてしまったのだろうか。
隠れた名観光地として是非お薦めしたいものだ。
そしてどうぞお連れ合いの方のお名前を叫んで
下さい。

大沢里の水汲みのことは、実をいうとこのことを
お知らせしたかったのでした。
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by sunnystep | 2012-06-30 13:06 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.06.29

3回目、津波対策(市民、観光客の避難策急務)。

1854年の安政東海地震の津波に
旧市街地が襲われ、その高さ数メー
トルによって民家の流出、使者も多数
出たとの文章から始まる。そんな経験
を持つ市民にとって、内閣府発表の
最大津波高が25,3メートルとの予測は
正に衝撃的だったとある。

かねてから老朽化し耐震性に問題あり
とされ、建て直しの計画のあった役所
庁舎が財政難で現在まで未着手で
きていたが、この発表を機に高台へ
移転し、新築の計画が再燃してきた。

しかし一方で市民からは「庁舎移転
の災害時の指揮体制より、住民の
防災対策に目を向けて欲しい」と望む
声が上がり、「具体的には海岸近くの
市中心部に避難タワー建設、複数の
避難路の整備などを要望している。
観光客の減少を防ぐためにも被災時に
居合わせた観光客の避難対策をする
必要がある」との要望がある。

一般市民は年に数えるほどしか庁舎に
行かない。主に印鑑証明か住民票の
請求の為だけである。
また市内には何ヶ所か20~30メートル
の高さの市営建物がある。前々市長が
バンバン造ったもの。
そこへ各課分散して移転することが
財政健全化迄は止むを得ないことで
あろう。

温水プールを造った20数年前、私は
回数券を買って通ったものだ。
せいぜい10数人しか居らず私は職員に
「利用者が少ないですね」と声をかけたら
「市民が使わないから悪いのです。市民
文化会館も市民がもっと使わなければ」
との応えが返ってきて唖然とした記憶がある。
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by sunnystep | 2012-06-29 08:49 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.06.28

2回目はジリ貧(高齢化、廃業、戻らぬ若者)
であるが、ある老舗そば店が半世紀続いた
後閉店に至り、そのおかみさん(84歳)の
言葉の「年には勝てなかった」に始まり、
「シャッター通りが増え、跡地が駐車場に
変わっている」と続く。

商議所によると、「市街地には691店あるが、
うち104店が空き店舗になっている。<中略>
業種は製造、飲食、美容、薬局などさまざま。
<中略>店主の高齢化の影響も大きい。」

「若者の流出も深刻」では東京の大学に進学
した娘が帰ってこず、あきらめ顔と書かれている。
「こうした著しい商店、人口の減少は税収に反映し、
2000年度に35億円あった市民税収は2011年
度には約30億円に。今後は高齢者の増加に伴う
扶助費の支出増加も見込まれ、さらに苦しい財政
運営を迫られる。」

「石井市長の任期中には南伊豆地区の合併運動
が何度か高まった。<中略>下田市がリーダー
シップを発揮できなかった」で締め括られている。

全国的に皆そうなのだから下田も仕方がないと
いう考え方には私は反対する。
何故なら、私の子孫の古里になる訳だし、加えて
天皇家の別荘地でもある位、風光明媚な所でもある。
他と同様ではないと思っている。
「ジリ貧」対策についてはこれから多く触れるだろう。
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by sunnystep | 2012-06-28 11:16 | 親父のBlog

老人の戯言2012.06.25

文章はさらに続く。
「背景には長年続く伊豆観光の低迷と、
その中でも下田温泉の不振がある。
県統計によると、同温泉の宿泊客数は
3年前に百万人を切り、約93万3千人
に減少。昨年は約73万円7千人までに
減った。就任当時の石井市長が観光低迷
を打開するとして掲げた公約が『観光立市』
だった。」

主産業である観光振興を目指し、市が中心
になり、魅力あるまちづくりを進め、雇用拡大や
税収アップを目指すとしていた。しかし」と続き、

「市は財政再建などを理由に市観光協会への
補助金を2006年度に2千6百万円から1千8
百万円に、2008年度には1千4百万円に削減
するなど、公約と逆行する場面もあった。
これに対し隣の河津町は町観光協会へ予算を
増額し、<中略>河津桜まつりを期間中百万人
の客を呼び込むイベントに成長させた。
東伊豆町の稲取温泉では、観光協会が事務局
長を公募して全国的名話題となり、一定の成果
を上げた。」

と書き、前市長の無為無策を指摘しているので
ある。この無策に対し市観光協会会長が「財政
再建も必要だが、重点施策でも一律に予算を
削減するのはどうか」と反論しているのである。

しかし当協会がこの反論を掲げて対抗していた
とは私は聞いていない。後の祭りである。
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by sunnystep | 2012-06-25 12:18 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.06.24

東京新聞静岡版で、下田市及び市政
について実に的確な解析、評価をしている。

3日間に亘り書かれたもので、引用すると
何日間にも亘ってしまうが、一市民として、
一観光業者としてなんとかしなければという
立場から紹介したい。

下田市政の課題として
1回目―主題:遠のいた「観光立市」
      副題:具体策出せず、補助金削る
2回目―主題:じり貧
      副題:高齢化、廃業、戻らぬ若者
3回目―主題:津波防災
      副題:市民、観光客の避難策急務

新市長が無投票で決まったが、
前市長石井直樹氏12年間の
無策に対して手厳しい評価で始まった。

下田市の奥座敷蓮台寺にある老舗の
和風旅館「清流荘」が一昨年経営難に
陥り経営者が変わったが、そのショックに
観光業者が震え上がった。

「石井市長の任期中、市内では大手ホテル
や旅館などの倒産、譲渡、廃業が相次いだ。
下田温泉旅館協同組合によると、石井市長
就任時に36軒だった組合加盟数は、現在
では24軒に減少。民宿の実情はもっとひどく、
下田市民宿組合の調べでは、現在の加盟軒数
は当時の半数以下の61軒に急減した」とある。

以下は次回に続けて書いていく。
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by sunnystep | 2012-06-24 10:46 | 親父のBlog

老人の戯言2012.06.23

我が家では家内、長男、次女の誰もがテレビを見ない。
ニュースを知るのは朝の新聞だけだが、それものぞみ込んで
読む姿はなく、パラパラめくりザッと目を通すのみ。

一方、私は天気予報を夜6時50分から見始め、
そのままNHK7時のニュースを見る。
7時に見なかったときは9時からのニュースで、
それ以外では時々月曜日夜8時から鶴瓶の
「家族に乾杯」のみで民放は全く見ない。

家族それぞれの趣味、興味に違いがあるのが
大きな理由だが、居間にあった大画面の薄型
テレビを猫に壊されたのも小さな理由。

テレビの上部に太陽光を取り入れるための
60センチ角の窓ガラスがあり、そこに猫の座れる
ほどの枠がある。猫はテレビの上からその枠に
飛び移って外を眺めていたのである。

昔はアナログテレビだったので飛び移る足場は
しっかりしていた。そのテレビが壊れたのでそのころ
デジタル化しだしたテレビに買い換えた。
デジタル初期のころだったので40万円以上していた。

飼い主の娘は私に猫のしたことを謝ったが、
誰も普段からテレビを見ていなかったので私も
いとも簡単に「アーいいよ」とだけ言った。

私の今のテレビは自室にあり、
一番小さなサイズで1万円程度だそうだ。
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by sunnystep | 2012-06-23 19:25 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.06.22

もう30年ほどまえになるが、
私が白浜に引っ越してきた当初は
「あんたどこの人?」
と地元のおばあちゃんに問われ
「サニーステップです」
と答えると暫くきょとんとしている。
そこで道順を教えると、
「あっ、英語のペンションね」
と言われたものである。
最近では「あっ、あそこの人」
となってすぐにわかってくれる。

逆に私のほうが、屋号で答えられても
相変わらずチンプンカンプンである。
それほど地元の人たちの間では
屋号がまかり通っている。

地元発行の電話帳を持っているが、
土屋姓が何ページにも渡っている。
当然、白浜でも土屋姓が多いが、
その他、長谷川、鈴木姓も多い。
だから地元の人たちの間では屋号で話をする。

「井戸端(いどばた)」は家の脇に井戸があり、
近所の人たちが生活水を貰いに行っていたようである。
井戸を掘るだけの財産家だったそうである。
「井戸端隠居」があるが、隠居とは家督を長男に
譲った次男三男のことも指すらしい。
歳は若いのにである。

そのほか、何代か前の祖父の名前が
屋号になっているところも多い。
民宿さんでは伝来の屋号を使っているところが
圧倒的に多いが、場所に因んだ名前をつける
ところもあり、その名前が通用もしている。

要するに昔は屋号がそれなりの意味を持っていたが、
今は通称化してきているのだ。

サニーステップの由来は、
下田市が「伊豆の太陽」と称しているので、
その太陽を貰った。
ステップは建物の平面図がステップ上になっていること、
一方で希望に向かって階段を昇って行くという
私の精神面も表した意味を持たせている。
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by sunnystep | 2012-06-22 19:19 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.06.21

孫、子に誘われても東京スカイツリーには行かない。

映像で見ると景色は屋根とビル群だけである。
地元の人ならば「あれが荒川であすこが浅草だ」
とわかるだろうが、私には無理だし、寧ろその
土地に立って実際に実感することのほうが
余程良いことだと思う。

さらに付け加えると、私には絶対に行かない
理由がある。それは高所恐怖症だからである。

意気盛んな40代後半のころだったろうか、
家族で東京タワーに行ったことがあった。
家内と長男長女は喜んで窓際に走っていって
眺めて大喜びしていたのであるが、
私と次女は近寄れなかったのだ。

「もしも何かあって落ちたらどうするの」
という気持ち、ありえないことと思いながら
中心部をウロウロするだけ。
10分20分経って恐る恐る近づいてはすぐ離れる。
これほどの恐怖症とは思いも付かなかったが、
今でもあの心境は思い出せる。

我が家の裏山は200~300mの高さであるが
(タワーのほうが高いというのも不思議だが)
足が大地についているので、のんびりと
海の向こうの大島を眺められる。
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by sunnystep | 2012-06-21 09:46 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.06.10

つい2、3日前に梅雨入りした。
梅雨が嬉しくて仕方がない。
こんなことは、長い人生の中で始めてである。

何故かというと、2坪位の土地で野菜作りを始め、
与える肥料が雨毎に融けて地面に染み込み、
それらの生成を促すのだろうからである。

野菜はキュウリ、ミニトマト、ピーマン、インゲン、サニーレタス等であるが、
サニーステップの食事つくりをしてくれている奥さんの指導の下、
種植え、苗植え、肥料やりをしている。
「雨が降ると肥料が効いてくるのよ。」
この奥さんは熟練者で一年中ほとんど野菜は買うことがないそうである。

サニーステップには、海側に約100坪の庭があるが、
この庭に利用には今までに大きく変化してきた。
この変化はサニーステップの歴史でもあるので、
何れ別の項で紹介したいが、15年前に約3年間畑を作っていたときもあった。
ナス、キュウリ、トマト、であったが、そのころの私は趣味の釣りが昂じていたので
碌に面倒を見ることはなかった。

夏は忙しいときで、収穫することもなく放りっぱなしなので、
キュウリはウリ、ナスはフカフカ、になってしまっている。
梅雨のときの雨など関係なく、鮎釣りを楽しんでいたのだった。
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by sunnystep | 2012-06-20 23:17 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.6.18

3期続いた現市長が退任し、新たな市長を選ぶ選挙が今度の24日に行われる予定。
立候補者が一名いるが対立候補が現れず、無投票当選になるだろう。

下田に移り住んで満28年になるが、現市長が3期12年、前市長は4期16年(だったか?
当時は選挙どころではなかったので、記憶が不確か)
いづれもほとんど対立候補者が居らず、信任投票に近かった。

下田は高齢者率が35%、まわりの町は40%。
時代の流れでやむを得ないだろうが、28年前は人口が32000人だったのが、
現在24000人を切った。8千人の減で4分の一の人たちが居なくなった。
その大半は若者たちである。東京に出たらもう帰ってこない。

しかし、声を掛ける地元の人たちの多くから、
その子供たちは仕事があれば帰りたがっている、とよく聞く。
伊豆半島は実はすばらしいところである。

新市長がどのような案を打ち出すのかジッとみつめていくしかないのか?
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by sunnystep | 2012-06-18 10:40 | 親父のBlog