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伊豆 白浜 露天付きペンション ウェルカム・イン サニーステップのblog +その親父のブログ
by sunnystep
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老人の戯言 2012.08.15

今、家内と競争を始めていて今日で順調1週間。
始めたのは末広がりを思い8月8日。
何かというと禁煙競争。

それまで家内は一日5~6本、私は7~8本。
八月に入った或る朝、起きてくるなり家内が話し始め、
「昨夜曽野綾子さんが云うにはタバコは税金を払う
ようなものだから止めたと云ってらしたので、私たちも
止めようよ」と言い出した。

私も止めることに賛成なので家内はその場で通販に
電話して禁煙グッズを発注した。

恥ずかしい話だけれど私は2回禁煙に失敗した。
1回目は身体にパッチを貼るタイプ。2回目は医薬品を
服用した。2回とも2~3週間後にまたタバコを吸いだした。

この2回とも家内は知っていて「意志が弱い男」と
思っているに違いない。

3度目がどうなるか自分自身のことながら興味を
持っているのだが、家内から嘲り笑われたくはないし
なんとかしなければ・・・。
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by sunnystep | 2012-08-15 15:53 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.08.12

息子は良い先生方に囲まれ本当に
良い小学校生活を送ったと思う。
校長先生は子供たちを育てる気持ちが
強いのか、素晴らしい教育者でした。

特に私の印象に残っていることとして
イ.魚介類を採っても良い
ロ.9月初旬遠泳大会を行っていたことである。

イ.については本来漁業権を持っている家族しか
認められていないことなのだが、白浜小学生に
限っては誰でも構わなかった。

勿論、伊勢海老、アワビ等は子供の潜れる深さに
いるわけがないので採れないが、シッタカ(尻高)、
地元でいう磯モノは自由であった。
磯モノは味噌汁のダシとして最高である。

ロ.については小学4年以上の参加で、4年生は
任意、5,6年生は辞退自由。距離は130~140メートル。
スタートは外洋に面した岩場からで、ゴールは板戸漁港内。
順位は関係なし。

小4のときはすでに余裕を持って泳いでいたが、
小5,6年になったら海底2~3メートルを潜ったりして
楽しみながら泳いでいた。仲間たちも同じ。

残念ながら現在はイもロも行われていないらしい。
イについては校長先生自ら漁協店長と充分話し
合われただろうし、ロについても先生方が漁師さん
たちと連絡を取り、乗船していた。

5~6隻居て子供たちに声をかける。
私たち一般父兄は共に泳ぎ子供たちを見守る。
2,3回船を呼び寄せた。

イ、ロ共に彼らにとって素晴らしい体験で、
帰郷して海岸を見るたび思い出すだろうし、
歳を重ねれば重ねるほどその思いは強くなるだろう。
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by sunnystep | 2012-08-12 09:13 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.08.11

息子は小学2,3年以上になると飛び遊んでいた。
海に行けば仲間の誰かが居る。

或る時、仲間の後ろへ私も一緒に泳いでいたら、
突然息子が潜った。岩の隙間だったろうから
3メートルくらいか。上がってきたら蛸の首の
ところをしっかり掴んでいる。

私がすぐに泳ぎ寄ると息子が「痛いよ~」と
呼び出した。私は「頑張れ~」と励ます。
沖合30メートルの所。息子は「痛い」を繰り返し
片手両足で必死。蛸は小さいが子供の腕の肘
近くまで這い、吸盤でしがみついている。

何とか砂浜まで泳ぎ着いたら仲間が寄ってきて
「おじさん、蛸の殺し方知ってる」と聞く。
首を横に振ったら、蛸の頭をぐるりとひっくり返した。
とたんにコロリと死んで吸盤が簡単に取れた。
腕に付いた赤くなった吸盤痕は3~4日消えなかった。

地元の子の知恵、知識は凄いものだと思ったのが
もう一人いる。伊勢海老を獲った子がいた。

伊勢海老はどこにでもいるというものではなく、
彼らにとって住み易い場所というものがあるらしい。
だから住み場所を知っていなければ獲れない。

遊泳し終わったときだったので「どこで獲ったの」と
聞いたら「あそこ」と指差した。
そこの場所は私も聞いたことはあったが潜ったことは
ない。さすが漁師さんの息子だとつくづく思った。
そして「おじさんあげるよ」だと。

少し小さかった(20~25センチ)がその頃白浜小の
子供たちは磯モノ獲りを大目に見られていたので
「ありがとう」。
しかし観光客の手前、トラブルといけないので
タオルにくるんで持ち帰った。
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by sunnystep | 2012-08-11 15:21 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.08.10

息子は私より早く泳ぎを憶えた。
息子は東京青梅市の生まれであるが、
4歳の時には下田に来ていた。
余所者の息子が小学校からでは
なかなか溶け込むことは無理だろうから、
幼稚園から是非にと考えていた。

2~3歳のころから土地探しには
連れて来ていたが、4歳になったとき
本格的となった。
昭和58年12月にここの土地が売りに出され、
運良く白浜に住むことになり、5歳から白浜
幼稚園、白浜小へと通うこととなった。

幼稚園児のときは開業したばかりで
海へ一緒に行くどこではなかったが、
小学1,2年の時には仕事の合間を見て
たまに海に行った。

家内によると園児のころは1歳下の妹と2人、
人の良さそうなお客様にくっついて海へ行った
そうである。
子供の勘は大人より鋭いのかもしれない。
面倒も見て下さったのだろう。お世話になりました。

妹を浮き輪に入れて波が来るたびに飛び上がり、
腰から胸へと段々深くなり、最後は背の立たない
ところへ。その深さになると自然に泳ぎを憶える。

小学1年のときは仲間ともう泳いでいた。
しかも湾外の岩場のところである。
呼吸のため少し立ち止まり、また泳ぐ。
私が一緒のときは泳ぎだすときに少し尻を押してやった。
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by sunnystep | 2012-08-10 16:15 | サニーステップBlog

老人の戯言 2012.08.04

私が泳ぎを覚えたのは小学3年の頃だろう。
私たち一家は中国上海からの引揚者で
父の故郷長野市に帰ってきたが、市内でも
2~3ヶ所転々とし、市営プールから3~40分
のところに落ち着いた。

プールは大人、少年、幼児用の3つがあり、
大人用はもちろん子供の背丈よりも深い。

或る時、そのプールの脇に立っていたら
仲間から笑いながら落とされた。
いじめではなく遊びである。
その時の事は今でも鮮明に憶えているが、
なんとなく足を動かし手はもがいていたら
息が出来た。立ち泳ぎである。

それからは少年用のプールで泳ぎだした。
最初のうちは犬かきだったが、見よう見まねで
平泳ぎ、そしてクロールとなった。
クロールとなってからは大人用プールで
泳ぐようになった。

その当時はふんどしである。6尺ふんどしではなく、
子供だったから4尺くらいであろう。
ふんどしの締め方は今でも憶えているが、
子供のことだから固くは結べない。

友達と遊んでいて時にははずれてしまう。
するとそれを持ってプールから上がり、
辺り構わずまた締め直す。

同級生程度の女の子はいただろうし、
大人の女性もいたのだろうが、どんな水着を
着ていたのかまったく思い出せない。
思い出せないどころかいたのかどうかさえ知らない。

帰り道、小学校の校庭を横切るがその時
鉄棒にふんどしを巻きつけて両手で廻して絞り、
それを肩に担いで帰ったものだ。

入場料が3円かで5円のアイスキャンディーを
しゃぶりながら帰ったものだった。
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by sunnystep | 2012-08-04 15:55 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.08.03

これからいらっしゃるサニーステップのお客様へ

暑い日が続いています。
途中混み合うところもありますが、
気を付けていらしてください。

全国で水難事故が相次いでいます。
浮き輪があれば大助かりです。お持ちください。
空気入れには当館にあります。
貸し出しますのでお申し出ください。

ペット連れの方へ。
当海岸には屋根つきのウッドデッキがあり、
地熱を防ぎます。ご利用ください。
(トイレの処理袋は忘れずにお願いします。)

白浜中央海岸は三方を岩が囲んでいます。
さらに監視員が3メートルの高さから見守っています。

すばらしい景色を持つ海岸なので、
充分堪能してお楽しみください。
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by sunnystep | 2012-08-03 09:10 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.08.02

私の伯父が勲四等旭日小綬章を貰っている。
もうかれこれ40年も前近くのことだから
プライバシーもないので書いてしまう。

父は63歳、私の33のときに亡くなり、
翌年1周忌を行うため伯父を招いた。
儀式の終わった直後、伯父は勲章を見せびら
かし「うまくすれば勲三等だったんだよ」と言った。
弔いとか労いの言葉ひとつもなくである。

私は唯頷くだけで言葉ひとつかけなかった。
「こんな日に」という思いで一杯だった。

伯父は海上保安庁に居た。商船大学を出て、
戦後保安庁に入りあちこちで本部長をやっていた。
「庁の中でも20本指の中には入るな」とも言った。
「ああこの人物は名誉とか位にしがみついているな」
とそのとき思った。

従兄弟が2人居て「免許取った」と聞いたら「親父が
取らしてくれないんだよ」だった。
子供が事故でも起こしたら父親は自分の名誉に
傷がつくとでも思っていたのだろう。
退職後は系列先を転々としていた。所謂公務員の
天下りである。

伯父の葬儀に出席したら勲章をぶら下げた写真であった。

私は勲一等だのなんだのの国家勲章には全く興味がない。
あれは国家公務員だのそれに類する働きをした人が貰う
ものだからと思っているからである。

しかし、文化勲章だけは違う。なぜなら私の好きな作家
田辺聖子氏がいただいているからです。
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by sunnystep | 2012-08-02 10:19 | 親父のBlog

老人の戯言 2012.08.01

ロンドンオリンピックが始まっている。
NHKニュースではトップクラスで流されているが、
そのときはそっと画面を消すし、特集は見ないことにしている。
新聞もざっと目を通すだけ。

大いに活躍はして欲しいがメダルがどうの
ということになると、見たくも聞きたくもない。
4年に一度の大会のため。その4年間を日々精進し、
努力しているのだろうけれど、ほんのチョットしたミスで
予選落ちだの4,5位だのだったりするのは大いに
ありえることであって、昔云われた
「五輪は参加することに意義あり」
に戻って貰いたいとつくづく思う。

人生はさまざまなことによって成り立つと
この歳になって深く思っている。
特に1年半前に起こった東日本大震災、
つい最近の九州北部豪雨等を見ていると特にそう思う。
あれ程巨大な相手(津波)とは思わなかっただろうし、
忘れ物を取りに帰って亡くなった方、田畑を失った方、
放射能汚染で仮設住宅住まいをしている何万もの方々。

日本人は本来優しい民族であると思っている。
予選で落ちた人、メダルを取り損ねた人、そして希望して
いた色と違ったメダルを取得した人、皆様がにこやかに
手を振って帰ってらっしゃることを期待している。
そして私は心の中で「ご苦労様」と労いたい。
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by sunnystep | 2012-08-01 10:11 | 親父のBlog